微小血管減圧術 MVD(microvascular decompression)の実際
手術の概要
三叉神経痛、顔面けいれん、舌咽神経痛などの疾患が対象となります。REZ(*注参照)を圧迫する血管(多くは動脈)がこれらの疾患の原因となっています。 血管の圧迫を解除(decompression)する手術です。血管を移動させ、二度とREZを圧迫しないよう血管を固定します。手術所要時間は約3時間、麻酔法は全身麻酔、体位は側臥位となります。
*REZとは:root exit zone (運動神経の神経根出口部)またはroot entry zone(感覚神経の神経根進入部)の略です。 神経線維は中枢神経では乏突起細胞、末梢神経ではシュワン細胞が形成するミエリン鞘に包まれていますが、中枢神経と末梢神経の移行帯のことを指します。 ここを血管が圧迫することにより、症状(顔面神経では顔面けいれん、三叉神経痛では三叉神経痛)がでると考えられています。REZは、橋(三叉神経)、橋(顔面神経)、延髄(舌咽神経))にあります。
症状
体位
手術で最も重要な最初の段階です。特にこの手術では、体位がうまく取れていないと手術はできません。 特殊な側臥位です。右側臥位と言えば右が下になります。頭部を頭蓋固定器で固定します。 体重の重い患者さんは、脇の下に重みがかかって、術後皮膚の発赤や水泡、痛みがでることもありますので、体位には細心の注意を払います。 手術中、ABR(聴性脳幹反応)、SEP(体性感覚誘発電位)、MEP(運動誘発電位)、AMR(顔面の異常筋電図)などのモニターのため、イヤホンや電極を装着します。
皮膚切開・筋肉剥離
皮膚を切開し、後頭窩筋群を剥離・切開します。
開頭
後頭骨を露出し、開頭を行います。静脈洞の近くを開頭するため、技術的に簡単とは言えません。 導出静脈や静脈洞から大量の出血がある場合もあります(貧血となることは極めてまれです)。 最も注意しなくてはならないのは、乳突蜂巣の開放です。手術中使用する生理食塩水がはいり術後の耳閉感を生じることがあります。 三叉神経痛と顔面けいれんで開頭の場所が少し異なります。
硬膜切開
硬膜を切開し硬膜内に入ります。この際も開頭と同様、静脈洞からの出血を伴うこともあります。 硬膜外からの出血を止め、術野のタレこみをなくします。ここから硬膜内操作に入ります。
くも膜剥離
髄液を最初に吸引し、小脳を退縮させることで良好な視野を得ます。 錐体裂を開き、上錐体静脈を剥離します。この時出血することがあります。 上錐体静脈は上錐体静脈洞に直接入る静脈であるため、勢いよく出血することがあり術者は注意して剥離します。 硬膜内ですので、出血すると周囲の脳神経(滑車神経、三叉神経、顔面神経、聴神経)に影響を与えることになります。 一方、上錐体静脈を凝固することもあります。まれに小脳の静脈性梗塞、それに伴う出血を起こします。錐体裂を開くと三叉神経が現れます。
REZの露出

周囲のくも膜を剥離し、REZを露出します。圧迫する血管を同定します。 多くは動脈で、三叉神経痛の場合は、上小脳動脈(SCA)、前下小脳動脈(AICA)の2つがほとんどを占めます。 写真では、白く見える三叉神経が、上小脳動脈で手前に持ち上げられているのが分かります。
血管の移動と固定
血管が移動できるように、血管周囲のくも膜を剥離し、圧迫する血管を移動させます。 三叉神経痛の場合は通常テントに移動させます。テフロンフェルトとフィブリン糊で、もとにもどらないように固定します(施設によって方法は異なります)。
硬膜縫合
この手術では髄液漏が最も深刻な合併症(髄膜炎)につながります。 注意深く、漏れがないように縫合します。写真では、筋肉を採取し用いています。さらに、縫合補強材やフィブリン糊を用いる施設もあります。
骨形成
乳突蜂巣が開放した場合には、骨蝋を詰めたり、筋肉片を詰めたりして、術後の髄液漏を防ぎます。 開頭部には、切除した骨を戻してチタンプレートで固定したり、骨屑をフィブリン糊で固めて戻したり、人工骨を用いることによって骨欠損部を塞ぎます(施設によって方法は異なります)。
筋肉・皮膚縫合
通常、創部が小さいため、ドレーンは挿入しません。
術後の経過
通常、術直後から症状の改善を認めますが、時間がたって改善してくる場合もあります。 頭痛・創部痛、めまい・嘔気、後頭部皮膚の違和感、耳閉感(多くは開頭時、乳突蜂巣が開放し、 手術中に使用する生理食塩水が入り中耳まで流れることによります)が起こることがありますが通常は一時的で、2,3日で改善します。 また、三叉神経痛の手術後では、三叉神経を触ることによって、手術した顔面の違和感やしびれが起こることがあります。 通常は軽度で一過性ですが、残存する場合もありえます。